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2017年04月04日

鹿児島大学病院への受診。「水銀中毒症」へ病名の変更が行われました。

こんにちは!あきです。
やっと時間が取れたので大事な記事を更新致します。


先日3月31日に
赤ちゃんの検診のため、
鹿児島大学病院へ行ってきました。


こちらの動画でも書いている通り、
私の治療を放棄した病院です。

この鹿児島大学病院での出産は
自分で決めました。

私の人生の中で一番行きたくない場所。
私の命を放棄した病院の一つです。
その場所を今回どうしても、
良い思い出に変えたかったのです。

命を放棄された場所から、
命が誕生した場所へ変えたいと
強く思いました。
赤ちゃんが生まれたら、
「ここがあなたが生まれた場所だよ」
と伝えると共に、私の経緯もどんな経緯であれ
いつかは伝えようと思っていました。

鹿児島大学病院のカルテには、
私の経緯は「重症筋無力症疑い」からの治療をはじめ、
最後の診断は「精神異常」「治る気がない」
という診断で終えています。

(決して、精神異常の方が悪いと言いたいのではありません。
誤解がないよう、配慮をお願い致しますm(_ _"m))

自分が一番行きたくない場所で
命の誕生を迎える決意をしたものの、
何度も不安で押しつぶされそうでした。
全てを拒否されるのではないか、
入院したとたんに、精神科に閉じ込められ、
出てこれなくなるのではないか、
子供自身も辛い思いをするのではないか、
これまで以上にたくさんの人に迷惑を
おかけするのではないか。

再度、精神異常だと言われ、
現在飲んでいる薬を取り上げされ、
命の危険が及び、今度こそ
命を取られるのではないか。

日々、つわりでつらい中、不安が過りました。
でも、口に出してしまったら、
パニックに陥り、無理して行くことはない
と止められると思い、こらえました。


3月初めの最初の産婦人科受診で、
次の診察では神経内科への受診が決まりました。
現在、筋無力症という診断がついている以上、
神経内科での受診は必須で、産婦人科の先生も
意見を聞いてからしか計画が立てられません。

意を決して、
3月31日に神経内科の外来へ行きました。
最初は、何も言わずに帰ろうかと思いました。
過去を知らない先生なら、黙っていれば
命の危険はない、と思ったからです。
とにかく、赤ちゃんを無事に産みたいだけ。
神経内科で問題は起こしたくない。
そう思っていました。

が、診察室の横には15年前にも見た
先生の名前が書かれていました。
一瞬、血の気が引きました。

落ち着かず、名前が呼ばれるのを待って、
名前が呼ばれたとき、その先生の診察室ではない
ことにホッとして入りましたが、
入ってみたら、
15年前にもいた先生が座っていました。
その先生も私のことを覚えていました。

あんなに死にそうだった少女が
元気に歩いて健康そうにしている姿を見て
びっくりした顔をしていました。


何故、元気そうにしているのか聞かれ、
薬と食事療法をした。とだけ話して
終えようとしていましたが、納得していない
様子を見て、思いきって、
自分で原因にいきつき、
「歯に詰められた水銀アマルガムを全部
除去しました」
と伝えました。


ここで「頭がおかしい、、」と再度言われると
思って諦めていたら、先生の目が輝き、
「全ての辻褄が合った。
最近、アマルガムで病を発症することが
分かってきている」
との言葉が返ってきました。


そして、経緯を説明し、
歯の写真を撮影され、
神経内科の診察を行い、
「筋無力症ではなく水銀中毒症」
との返答がありました。


初めて医者に私の体調の異常を
認めてもらえたと思いました。

そして、
私の止まっていた鹿児島大学病院のカルテにも
「筋無力症の疑い」

「精神異常」

全ては
水銀中毒からの症状で
「水銀中毒症」だと訂正されました。


私の病状は、
大学病院後も悪化し、意識不明となり
島の先生に助けられ、
「抗アセチルコリンレセプター抗体陰性型の
重症筋無力症」と診断され、治療が開始されましたが、
鹿児島大学病院への病名の変更は行って
いませんでした。

私の病名は、
水銀中毒症からの筋無力症ということなので、
水銀の影響が体から抜けるまでは
このままの治療で進みます。

これってね、
これまでの医療ではありえないことだと
私は思います。

国を挙げて、
水銀アマルガムは無害だ!
と主張され、
どんなに体調が悪いと言っても
水銀アマルガムからの影響は
検査もしなければ、
歯に詰められている詰め物の確認も
医療ではしません。


同じ体なのに、
関係ないことだとされてしまうのです。
患者が具合が悪いと言っているのに、
元気な医者が「それは嘘だ」と決めつけ、
その一言と書類で治療が拒否されてしまうのです。

私は、運がよく
「水銀アマルガム」に辿り着き、
命は取り留めました。
村津先生のお陰で、綺麗に除去し、
かみ合わせも合わせて頂き、
健康と言える体にまで回復しました。

でも、間に合わなかった命や、
やじられて誤診で命を失った方も
大勢いると思います。

今、現在も
やじられて、誤診で命の危機に面して
いる方も大勢いらっしゃると思うのです。

私は、過去を振り返り、
鹿児島大学病院や他の大学病院も
責めるつもりはありません。
怒りもありません。
訴えるつもりもありません。

私の命は助かっているから。

ただ、早く、1日でも早く
水銀アマルガムやその他の歯の詰め物から
体調不良になっていたり、
命の危険に面していたり、
難病を発症していたりする方へ
正しい診断と治療をしてほしいと
願っています。



病気は確かに苦しいです。
でも、認められている病は、
親切にされ治療することが出来ます。

歯の詰め物や水銀アマルガムは
国が許可しているから、問題はないと決めつけられ、
症状の訴えも聞いてもらえません。

今でも過去の痛みを思い出せば
震えが止まらないことがあります。
水銀アマルガムが詰められたことで
たくさんの時間も失いました。
それでも、
責めるつもりはありません。

責めるよりも、
1日も早く1人でも多くの人へ
私が体験した事実をお届けして
生きたいと思います。

ただ、水銀アマルガムを詰めた歯医者や医療は、
詰めた方への補償が必要なのではないかと
思います。
これからアマルガムを除去する方、
アマルガムによって病を発症したり、
障害を持った方への補償は必要なのでは
ないかと思います。

私は幸い、治療するお金を
両親に助けて頂き、治療することが出来ました。
そうできない方もたくさんいるのです。

2020年には、
水銀アマルガムもその他の銀の詰め物も
廃止されるそうです。


これから、どう医療が動いていくのか
見届けながら、今、自分が出来ることを
一つずつこなして生きます。



お陰様で、赤ちゃんは無事で元気でした
水銀が原因だと分かってから、長い時間をかけ
食事療法などをした結果かなと思います。

今、どんなにつらい時期を歩んでいたとしても
決して、その相手を恨まないでください。

恨まないからこそできることが
たくさんあると思うのです。

きっとね、私、
この道の途中で命を終えていても、
どこの病院も責めなかったと思います。

それが今の世の中で、
そこを変えるために生まれたはずなのに、
自分の役目が出来なかったと
悔むことはしても、
恨むことはしないかなと今も思います。

どうにか、役目の一つをクリアしたので、
これからもその役目を生きるだけです。

その道を許してくれている
旦那様や家族に心から感謝しています。

そして、今回、
私の経緯を受け入れてくれた
鹿児島大学病院の先生に、心から感謝です。

私の命を命がけで助けてくれた
村津先生に感謝です。

原因不明で難しい私の症例でも
唯一助けてくださった主治医の先生には
感謝してもしきれません。


辛いこともたくさんありました。
でも、その辛かったことがあったお陰で、
見放される患者の気持ちをよく理解出来、
今のお仕事に繋がっています。

たくさんの命を考える時間、
たくさんの人生を考える時間、
が出来ました。

一番つらかった時期が
今の自分を創り、今を創っています。

今の自分になれたこと、
心から感謝しています。

今のお仕事をしていること、
今の旦那様に出会い、
お嫁に迎えてくれて
今の家族を創れたこと、
わざわざ大変な私という存在の元に
やってきた我が子、
全てに感謝しています。

そして、
私が鹿児島大学病院での出産を決めたとき、
反対もせず付き添ってくれた両親へ
心から感謝しています。
今までたくさんの心労、と介護、闘病、
本当に申訳なかったと思います。

唯一、両親より先に水銀で命を
終えなかったことが償いになったら幸いです。

これからも、大事にこの命を生きていきます。
どうぞ、よろしくお願い致しますm(_ _"m)(*^-^*)


私の水銀アマルガムについての体験記はこちらの
本で紹介されています。
続 歯は臓器だった―光への回帰 -
続 歯は臓器だった―光への回帰 -
posted by 言葉配達人あき at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | あきの治癒の道ー噛み合わせ体験記ありー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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